摂食障害とは、「神経性やせ症(AN)」「神経性過食症(BN)」「過食性障害(BED)」「回避・制限性食物摂取症(ARFID)」の4つの総称です。これらは、アメリカ精神医学会が定めた精神疾患の診断基準「DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル 第5版)」に基づいて分類されます。
本記事では、このうちの**回避・制限性食物摂取症(ARFID)**について詳しく解説します。
回避・制限性食物摂取症(ARFID)とは
ARFID(Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder)は、食物の摂取を回避または制限することで、必要な栄養やエネルギーを満たせなくなる摂食障害です。
その結果、以下のような深刻な健康障害が起こります:
- 著しい体重減少や成長障害
- 栄養欠乏
- 栄養補助食品や経管栄養への依存
- 社会的・心理的な機能障害
ARFIDは、神経性やせ症と異なり、体型や体重へのこだわりがないことが特徴です。子どもから大人まで幅広い年齢層に発症し、いくつかの発症パターンがあります。
発症の主なパターン
- 小食タイプ:生まれつき食事に関心が薄く、必要な量を食べられない
- 感覚過敏タイプ:味・におい・食感に敏感で、特定の食品しか受け付けない
- トラウマ反応タイプ:過去の窒息・嘔吐などの体験から、食事や飲み込みに恐怖を感じる
ARFIDは比較的若年で発症し、男性にも多く、長期にわたる経過をたどることが報告されています。
DSM-5によるARFIDの診断基準
A. 以下のいずれかによって、持続的に適切な栄養やエネルギーを摂取できない状態
- 著しい体重減少(または期待される体重増加がない、または子どもの成長が遅いこと)
- 著しい栄養不良
- 経腸栄養や栄養剤への依存
- 心理社会的機能の著しい障害
Bその障害が、食物を得ることができないことや文化的に容認される慣習ではうまく説明されない。
Cその摂食の障害は、神経性やせ症や神経性過食症の経過中にのみ起こるものではなく、体重や体型の感じ方の障害は確認されない。
Dその摂食の障害は、併存する医学的状態によるものではなく、他の精神障害ではうまく説明されない。その摂食の障害が他の状態や障害の経過中に生じた場合では、通常その状態や障害によるものとする程度以上であり、臨床的関与の追加を正当化するほど重篤である。
ARFIDの疫学データ
15歳以上の一般人口における有病率は以下の通りです:
- オーストラリアの調査(質問紙+面接):3か月有病率 0.3%
- 台湾の小・中学生対象の面接調査:生涯有病率 0.5%、6か月有病率 0.3%
ARFIDは他の摂食障害と比べて、低年齢層・男性に多く、長期に及ぶことが特徴です。
ARFIDの主な症状
食行動に関する症状
- 食事量の著しい減少
- 極端な偏食
- 食事を拒否する
- 栄養補助食品への依存
- 飲み込みの困難や恐怖
身体症状
- 腹痛、嘔気、腹部膨満感、倦怠感
- 低栄養に伴う:低体重・低身長・低体温・無月経・徐脈・低血糖
- 微量元素欠乏による貧血・皮膚症状
- 脱水(急な発症時、水分が摂れないケース)
心理的な特徴と家族関係
本人は病気という自覚がないことも多く、そのため家族との関係が悪化することもあります。特に保護者とのコミュニケーションに課題が生じやすくなります。
併存しやすい精神疾患
ARFIDは他の精神疾患と高頻度で併存します:
- 不安障害
- ADHD(注意欠如多動性障害)
- ASD(自閉スペクトラム症)
- 強迫症
とくに不安障害の併存が多く、ある研究ではARFID患者の73%が何らかの精神疾患を併存していたと報告されています。
経過と予後
ARFIDは近年、DSM-5によって診断名として新たに定義されたため、まだ経過や予後に関する報告は限られています。しかし、長期化や再発のリスクがあるため、早期発見と対応が重要です。
ARFIDの治療と支援方法
アメリカ摂食障害学会(AED)の基準に基づく治療方針は以下の5点です:
- 食に関する不安やトラウマのケア(例:嘔吐や窒息などの体験)
- 栄養バランスの回復と成長の促進
- 食品への構造的な繰り返しの曝露による改善(無理に食べさせない)
- 規則的な食事習慣を確立し、間食を制限
- 心理的・社会的な障害を最小限にとどめる支援
栄養サポートと心理療法
- 再栄養アプローチ:神経性やせ症のように、栄養補給と体重回復を目指します
- 心理療法:CBT(認知行動療法)、FBT(家族ベース療法)などの適用が進んでいます
薬物療法の候補
ARFIDに対する有効性が報告されている薬剤には以下があります:
- オランザピン
- ミルタザピン
- ブスピロン
これらは主に抗不安作用を持つ薬剤で、今後の研究でさらなる検証が期待されています。
まとめ
ARFIDは、体型へのこだわりがないにも関わらず、深刻な身体的・心理的問題を引き起こす摂食障害です。症状の個人差が大きいため、多角的かつ柔軟な治療アプローチが求められます。
家族や支援者が疾患について正しく理解し、本人の安心できるペースでのサポートが重要です。
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